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外灘はのんびりと散歩をするようなつもりで歩き、上海の雰囲気を味わおう。 まず外白渡橋―黄浦公園(Huang pu gong yuan)―黄浦江岸の遊歩道と歩いてみよう。
外白渡橋。奥には上海大厦が見える
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外白渡橋は1907年の完成で解放前はガーデンブリッジと呼ばれた。租界時代にはこの橋より北側は日本人居住が多かった場所で、この橋を北側から南側へ渡ると一気に欧米的雰囲気の広がる地域に変わったという。最近しばらく修復工事が行われていたが、2009年2月に工事は完了している。
外白渡橋の橋の下を流れるのは数年前まで汚染河川として悪名高かった蘇州河である。上海市はこの川の浄化を進め現在ではかなり改善された。
この橋から北側を見て左手の茶色のビルは1934年に完成で、現在は上海大廈(ホテル)、解放前はブロードェイ・マンションと呼ばれた。イギリス人の管理職が居住していたという。(関連記事:5星ホテルになった上海のシンボル「上海大厦」)
青壁が美しいロシア総領事館 |
右手の青い建物はロシア総領事館。解放前もロシアが総領事館として利用していた建物である。解放前の日本総領事館もこの一画にあった(ロシア総領事館からやや東にいったところ)。
外灘の北端の黄浦江岸にある黄浦公園は、解放前はパブリックガーデンと呼ばれ、外国人専用であったという。
青空にそびえる人民英雄記念碑 |
この公園の中に中華人民共和国建設に貢献した人々を記念する人民英雄記念碑がたつ。人民英雄記念碑の建設は上海市人民政府により中国解放1年後である1950年に既に決められていたが、建設はなかなか開始されなかった。1987年に上海市人民大会で建設着手が決定され、デザインの公募等を経て、1994年に落成をみた。
人民英雄記念碑の真下には外灘歴史記念館と外灘奇石博物館がある。外灘歴史記念館には外灘の古い写真などが展示されている。ただし、2005年7月1日より数ヶ月間改装のためクローズされている。
ここから黄浦江沿いの遊歩道を南下しよう。右手に並ぶ古いビルは、租界時代の建築物で、外観は当時そのままの姿を保っている。
左手の黄浦江は、上海市の中心を北(後方)へ流れ、長江と合流する長さ84kmの川。黄浦江の両岸及び長江岸の外高橋保税区岸が上海港と呼ばれ、3万トン級の船が出入り可能な国際河川港である。上海港のコンテナ取扱量はは中国で一位、世界でも十二位の規模を誇る。なおさらに大きな船は上海から南西約250km程度(直線距離では150km程度)の寧波を利用している。
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陳毅上海初代市長の像 |
黄浦江の対岸には、浦東新区陸家嘴金融貿易開発区の高層ビル群とアジア一高い東方明珠タワーが望める。
南京路と交わるところには、上海市の初代市長である陳毅の銅像がたつ。陳毅は1949年5月28日に上海市長に就任した。彼は国民政府との内戦で混乱した経済の立て直し、貧困対策、伝染病の駆除等の社会問題の解決のため不眠不休で取り組み「人民の市長」として上海市民の大きな支持を得たという。
租界時代には最上部に天候を示す旗が掲げられた |
延安路と交わるところのそばに煙突のような建築物があるが、この建築物は、租界時代にはマストのような部分に旗がつけられ、黄浦江を行き交う船に天候などの情報を伝えていた。最上部の十字部分に方位を英語でN・E・S・Wとせず、東・西・南・北と漢字で書いてあるところもおもしろい。この建築物の1階は現在外灘史陳列室として利用されており、古い外灘の写真が収められている。1階部分は9時から17時まで無料で入ることができるが上部には原則入ることはできない。ただしお金を払えば撮影のために3階部分に上がることができる(写真撮影は昼1時間50元、夜1時間100元。ビデオ撮影は昼1時間100元、夜1時間200元)。
建物の中に入れば70年前にタイムスリップ |
さらに南下し延安高架路と中山東路の合流地点を越えると歩道橋があるので、そこで中山東路の対岸に渡ろう。この歩道橋からは外灘の建築群を一望できるので写真を撮るのを忘れずに。
中山東路の対岸に出たら今来た方向と逆に(北上)進もう。ホテルや銀行などいくつかの建物は自由に入るこ
とができる(ただし、ほとんどの建物は内部は撮影できない)。ちょっと中を覗けば70年前にタイムスリップした気分になれる。
中山東路を北上していくと、途中福州路と交わる。今は特に特徴のない道だが、解放前は[スマロ(四馬路)]と呼ばれた。あの
「夢のスマロ」である。昔は香水の香りの漂う上海一の風俗ストリートであったという。
さらに北上すると南京路に出るので、そのまま南京路を散策するのもいいだろ
う。
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